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2020-09-27
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今月は、「declutter」、片付ける、整理整頓するといった意味の言葉を頭に、心に置きながら過ごし、その中で自分の過去を振り返りながら整理整頓するということをしていきました。

私は結構昔はネガティブな人間だったのですが、今は割とポジティブな人間になってきていて、そこに至った経緯や過去を振り返ることで気づいたことを今日はシェアしていければと思います。

過去にネガティブな人間だったとしても、ポジティブな人間に変わっていくこともできるんだなと少しでも思っていただければ嬉しいです。

小学校の時は自由奔放に楽しく過ごしていて、友達もその時は結構いて、毎日放課後友達の家にあそびに行っては、親が買ってくれなかったスーパーファミコンしたり、自転車でいろんなところ行ったりしていました。

楽しくし過ぎて全く勉強していなくて、中学受験のために進学塾に通っていたのですが、なんと中学受験全滅してしまいました。滑り止めの学校すら受からず…

それで、親に頼んで、みんなが行く公立の学校は嫌だと泣きついて、何とかインターナショナルスクールに入れてもらったのですが、そこでは、授業は全部英語でしたが、英語はアルファベットはかろうじて書ける程度で、全く分かりませんでした。

先生が授業の最後に、ホワイトボードに宿題を書くので、それをそのままノートに写して、家に帰って辞書を引きながら、宿題が何かをまず調べて、宿題をして、からスタートして。

小学校の時は塾に行っていて、クラスで頭のいい子みたいに思われいたのが、どこも中学受からず、入った学校では先生の言っていることすら分からず…それがすごく悔しくて、そこから猛勉強を始めました。

分からない言葉を片っ端に辞書で調べて、書き込んで、家に帰ってから何時間も勉強してっていう生活をしていました。

中学生の時は、視野が本当に狭くて、目の前のことしか見えなかった。基本的に白と黒しかなくて、勉強も、スポーツも、友達も、グッドかバッドしかなくて、ある意味完璧主義でした。

でも、完璧になることなんてできないので、そのギャップに苦しめられ始めて。できること、ではなくて、私はこれもできない、あれもできないから全然だめだ、と考えるようになりました。

高校は、単身アメリカに留学しに行って、寮生活を開始。その当時英語はある程度喋れましたが、他の人に全然話しかけられず、いくら勉強、スポーツとがんばっても、いつも頭の中に「どうせ私なんて」っていう言葉がありました。

器用貧乏で、何でも大体平均より少し上くらいにはできましたが、何かがすごくうまくできるというわけではなく、大して面白いことも言えず…

ストレス食いで日本にいた時の1.5倍くらいのサイズになって顔もパンパンでした。

自分が嫌いで嫌でしょうがなかったので、苦しくなるまで食べて罪悪感を感じることで自分をいじめるという、ある種自傷行為のようなことをしていました。

また、寮生活で、トイレに行くのが恥ずかしく、極度の便秘になり、毎回、学校の中の誰も来ないトイレに行ってお産のような(お産を経験したことはないのですが…)本当に大変な思いをして、その後もずっと慢性的な便秘に悩まさせることになりました。

顔もにきびだらけで、そういう外見への自信のなさもありました。

そんな時に、大失恋もあって、余計に、I’m not worth it、つまり自分には何の価値もないと思うようになっていきました。

この間のNannaさんとのライブで少し話しましたが、たぶん高校の時が、人生の中で一番ダークピリオドだったと思います。

高校卒業後、アメリカの大学に進学して、大学は高校よりもっと大きくて授業もみんなバラバラ、独立しているというか、そこでやっとちょっと気が楽になりました。

高校の時は、たくさん人がいる中で一人だけ透明人間でいるのがつらかったのですが、大学では、誰が何をしてようが関係ないので、リアルな透明人間で、他の人の目を気にする必要がなかった。

あと、大学では寮から出て、自炊できるようになったので体重が高校の時より落ち着いて、図書館でバイトしたり夏は日本に帰ってバイトしたり、収入を得られるようになったのは大きかったと思います。

中学、高校と学費がたくさんかかっていて、そのせいで家族の中で喧嘩とかもあり、いろいろな意味で家に帰ることが難しくなったりしていたので、大学で奨学金をもらって、一人でも生きていける、誰にも頼らなくていい、というのがある意味すごくrelief、ほっとしたし、自分の中で自信にも繋がっていきました。

そういう学生時代だったので、自分の中のベースとして、自信のなさと軸のなさ、そして誰にも頼ってはいけない一人で生きていかなくてはいけない、というのがあって、社会人になって、なかなか物事をポジティブにとらえるということが難しかった。

何かいい事があっても、「いや、でも、やっぱりどうせ私なんて…」という方向に向かってしまって、結果的には自分で成長する機会を潰してしまうということがよくありました。

ただそんな中でも、自分の中で、自分は本当に恵まれているという感覚はいつもありました。

勝手なことばかりして、悪い人間なのに、神様は本当にいつも私に優しいと。

先日、Facebookで自分の過去の投稿として出てきてびっくりしたのですが、ちょうど7年前、当時お付き合いをしていた今の旦那さんとスイスに旅行しに行って、私の不注意でスイスの山の中で遭難しかけたのです。

今は、結構笑い話でしますが、その時は、リアルに死を意識した瞬間でした。そこから無事に何事もなく帰って来れた時に、私には何かやるべきことがあるんだろうな、神様は私を何かのために生かしているんだな、とすごく思いました。

それからいきなり生活を変えたとかではないですが、少しずつ、自分も周りも変わっていって…

今は、YouTubeという、顔を出して自分の考えや視点を不特定多数の方に向けてシェアしたり、昔だったら絶対にありえないと思うようなことをしていて、今でも、「どうせ私なんて」と思うことは実はしょっちゅうあります。

昨日まで自信100%だったのが、いきなりマイナス100%になるとか、あ~もうだめだ~と、誰の目にもつかない穴の中に入って透明人間になりたくなる時とか、しょっちゅうあります。

でも、その度に、自分が今できることを精いっぱいやる、一歩、半歩でもいいから前に進むことで、少しでも同じように前に進みたいと思っている人の力になれればと思って。自分の殻に閉じこもらないように、ダイヤルをスイッチするみたいに、とにかく寝るとか、誰かと話すとか、元気になる映画を観るとか、マインドを切り替えるようにしています。

なので、完全にポジティブ思考な人間に生まれ変わったというわけではないですが、自分の進むべく方向があるということを信じるだけで、少しポジティブに、まずは自分から、そして、物事や周りの人も少しずつポジティブに向かっていくと思います。

ということで今日は、私の過去を振り返りながら、ネガティブな人間でも、ポジティブな方向に向かっていくことは可能という気付きをシェアしました。

「どうせ私なんて」とすぐ考えてしまう人など、何か参考になれば嬉しいです。

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